** 北海道旅行 **



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 今回の旅の目的は、ずばり流氷を見に行くことでした。実際に"流氷を見たい"と思ったのは03年秋、それで04年初春の決行を考えておりましたが、04年春に富山・金沢旅行を優先させた為延期。しかし、行けないと思いは募るもので(笑)、この冬には絶対行く気でいました。04年夏位からは、もう何人の方に計画を話したことか。。。
 今回の旅は、初めての冬の北海道というころで、11月からプランニングを開始。そして効率よくまわるべく計画を(何度も何度も)練り直し、いろいろな情報を集めて、机上(図上)訓練(想像)を(何度も何度も)繰り返しました。


   それで、行程はこんな感じになりました。

    1日目(3/11) 横浜→東京→八戸→函館→札幌→
    2日目(3/12) →網走→止別→網走(観光)→止別(後に北浜に変更)→網走 網走泊
    3日目(3/13) 網走→止別…(撮影)…浜小清水→釧路湿原(観光)→釧路 釧路泊
    4日目(3/14) 釧路→東根室・・・根室→落石(撮影)→釧路→
    5日目(3/15) →札幌→小樽(観光)→倶知安(撮影)→長万部→函館→八戸→東京→横浜
      (場所はよかったら地図を見てくださいね。)

   しかし、今まで5度の北海道行き、5度とも全行程陸路って。。。





1日目(3/11・金)


 1日目は完全な移動日になりました。この日、大沼付近で最初の撮影を行うつもりでしたが、悪天候で駒ヶ岳が望めず下車を断念。悪天候といえば、岩手県に入ったあたりから車窓から見える世界は白くなり以降白一色でした。それはそれで面白かったのですが、日差しがないと無彩色の世界になり、さすがに飽きてしまいました。

 18時、吹雪の札幌着。北海道といえば、ジンギスカン。札幌一の繁華街ススキノでジンギスカン屋を探そうとしましたが、なれない雪道と"こわい(客引きの)兄ちゃん"の襲来で、ススキノで探すのを断念。駅周辺に戻ることにしました。しかし、駅周辺ではジンギスカン屋ないのね(涙)。
 さて札幌には2年ぶりだったのですが、駅前周辺の大変貌にビックリ。JRタワーに上ったりと、すっかり“おのぼりさん”になってました。38階からテレビ塔を撮ってみました。吹雪と携帯画像なので、よくわかりませんね。。。

 22時半、網走行の夜行(オホーツク9号)に乗り込み雪降る札幌を後にしました。金曜の夜だったので、旭川など近郊の都市まで帰る客などで、結構混んでました。夜行列車(寝台ではない)で雪の大都市をあとにするのも、これもなかなか経験できないので、感慨深かったです。




2日目(3/12・)



 朝5時頃、ゴトンゴトンというレールの上を走る列車の音で目が覚めました。まだ、日の出前だったのですが、鉛色の空と降り続く雪、この日も天気が悪くなりそうな空でした。低気圧の(北海道)接近・発達で天気が悪くなることは予想していたのですが、この日には天気が回復すると思っていたのに。。。

 6時15分網走着。この時間では、どこも(お店等)開いてないので、足を伸ばして止別まで行くことにしました。ところで網走から知床斜里駅までの釧網本線は、オホーツクの海岸沿いを走り、夏は野生の花々が咲き誇り冬は流氷と、車窓から北海道の大自然を味わうことができます(北海道一では、と私は思ってます)。特に、浜小清水-止別間は、流氷と列車が撮影できる名撮影地として知られ、午後の本番を前に(雪の状態など)ロケハンしておこうと思ったからです。
 網走では原生花園ラッピング列車が待ってました。夏の花々をイメージした列車は雪の中でも色が負けてませんね。網走から30分ほどで止別駅着。駅舎を出て第一歩、すって〜んと転んでしまいました。数pの雪の下に氷の層が。この後、何度か転んでしまいました。気温が極端に低いので、圧積された雪が氷になっていたようです。それもその上にすぐ雪が積もるので氷が見えずこわかったです。

 この日のメインイベントは、流氷砕氷船おーろら号(HP)に乗ることでした。・・・が、悪天候と流氷が多い為全便欠航になってしまいました(涙)。網走駅待合室で「流氷が多いからって欠航っておかしくない!」と関西から来た(と思しき)人が怒っていましたが、ごもっともです。後から知ったのですが、流氷が多いと欠航するのは、閉じ込められて行動不能になる危険を避ける為だそうです。

 仕方が無いので、観光モードに切り替え。まずは博物館網走監獄へ。明治10年代に建てられた網走監獄を保存・博物館化したもので、舎房の中は見応えがありました(上のほうに脱獄しようとしている蝋人形まで再現)。その後は網走刑務所へ。こちらは現在も使われておりまして、高倉健の「網走番外地」でロケにも使われたそうです。
 ちなみに網走市内観光は、観光施設めぐりバス(HP)があって、2日間乗り放題で800円と便利でお得でした。

 おーろら号の時間があまったので網走駅で腹ごしらえ、外では、ますます雪が激しくなっていき、(雪に強い土地柄とはいえ)事故などで列車の遅れが出てくるようになってきました。吹雪の中出発を待つ列車は予想以上に(厳しい)雰囲気を醸し出してくれました。

 再び知床斜里方面へ。外は吹雪なので、駅から撮影地まで2km以上歩かなければならない止別をあきらめ、手前で駅から撮影地まで近い(1kmの)北浜駅へ目的地変更。北浜駅と言えば流氷に最も近い駅として有名で(流氷が5m先のところ位まできていました)、ノロッコ号乗車の基地ともなっています。実際にはとても小さな駅なので驚きました。
 涛沸(とうふつ)湖にかかる橋付近でノロッコ号を撮影。偶然海から流氷が流れ込んていまして、思いがけずいい構図になりました。しかし、雪が混じった風が強烈で、しかも下から吹き付けるので大変でした。こちらの雪は粒自体は細かいのですが、密度が高く絡み付くと、目があけられず、なおかつ息ができなくなって。。。難儀しました。撮影1時間後髪の毛が凍っていました(携帯画像;生え際に注目)。
 撮影を終え北浜駅に戻ると何やら観光バズの群れが!? そして、やってきた列車からは大量の観光客が降りてきました。新聞広告で流氷見学のツアーの募集が行われてて、それぞれの旅で北浜駅を利用するのは知っていたのですが。。。多すぎです。全員が降りるのにゆうに5分はかかりました。網走駅でも感じたのですが、言葉から関西人からやってきた人が多いみたいです。
 また、網走に戻る車内で(鉄ちゃんの)お仲間さんと話す機会があったのですが、その人も大阪高槻市からやっきていました。社員旅行から抜け出してきたとか(笑)。高槻を知ってるの意外そうでしたが有名ですよねぇ、高槻。

 網走から1つ隣の桂台駅で降りて、この日の宿シーサイドホテル(HP)さんに。眺めがよさそうだったのと、カニ料理が美味しそうだったので利用することにしました。駅から15分、すぐに分かる外観も特徴的でした。すぐ隣は網走測候所でした。17時宿に入り、この日の行程は終了しました。
 シーサイドホテルさんは、ホテルというより民宿に近い感じでした。各サークル等の合宿に利用されているそうで、リクルート時代の高橋尚子選手も来たことがあるとのことでした(色紙には小出監督が)。宿泊客は私1人で、より民宿っぽかったです。やはり一番の話題は雪で、この日の降りは地元の人も辟易するようなものだったようです。




3日目(3/13・)



 この日は、日の出と同時に天気がよくなり昨日の雪はどこにいったのという感じになりました。しかし、朝の寒さは強烈で、氷点下十数度にはなっていたかと。最初のカットは、桂台駅にて。始発の列車を狙いました。
 この旅3度目の知床斜里方面へ。桂台駅を出るとすぐに流氷が目に飛び込んできました。180度、水平線まで海を埋めつくす流氷、もう興奮状態でシャッター切ってました。

 この日は、前日断念した止別駅へ。駅からは雪を踏みしめ目的地へむかいました。雪に覆われた広大な原野を眺めながらの徒歩は、足取りを軽くするものでした。20分位歩いたときでしょうか、白一色の雪原を鳴きながら飛ぶつがいの白鳥がやってきました。片方に流氷、片方に白鳥と、「これだ!おれが求めていた風景だ!」というものに出会えました!!(写真は撮れなかったのですが)

 2.5km程歩いて目的地近くまで、が、撮影地までの道が無い。。。厚い雪に覆われていた山の上の目的地は100m先にあり、麓までも厚い雪に覆われていました(汗)。カンジキを装着、太ももまで埋まる雪をガンガン踏み分け、10m程の雪山を登り、お立ち台にたどり着きました。何度も転び雪まみれになった甲斐あって流氷とノロッコ号を、バッチリフィルムに収めることができました。
 これだけ雪が多ければ、誰も来ないだろうと思っていたら、ほどなく地元のお仲間さんがやってきました。何でも、もう少し雪が少なければ5〜6人は、いるとか(そんな面積はないように思いますが)、ノロッコ号の車内はダルマストーブでスルメなどを焼くので魚臭いなど教えてくれまして、その後、ちほく高原鉄道の撮影に行くと言っていました。
 止別駅では11時から、浜小清水駅では10時から、駅舎(駅構内)で食事ができます。が、この日はまだ時間が早く、また列車の時間の関係で、撮影後止別ではなく1つ網走寄りの浜小清水駅まで行くことにしました。3km歩いて ちょうど10時浜小清水駅着。道の駅と併設された浜小清水駅は、釧網本線の他の駅と趣きが違う近代的な駅でした。駅構内のレストラン(?)で、海賊カレーうどん(800円)なるものを注文しました。あさり・ほたて・エビをふんだんに使ったシーフードカレーうどんで、なかなか美味しかったです。

 浜小清水から3つ目の知床斜里駅では切り離し作業が行われ、15分停車。予想外にも、車内販売がはじまりました。シュークリーム(200円)とビール(500円)の販売と、内容も普通列車ならではのものでした。いろいろ話を伺ったところ、だいたい10時半から12時頃までの時間帯で営業(ただし不定期)、場合により弁当を扱っていてるようです。以前はお座敷列車で営業していたそうですが、今では、トロッコ号を中心にまわっているとか、おっちゃん曰くジプシー販売だそうです(笑)。
 列車は更に進み、タンチョウが来ることで有名な茅沼駅を通過。駅長が餌付けをしたのが始まりで、無人駅になったのにも関わらず、今でもタンチョウがやってきているようです。運がよければ、こんな感じでタンチョウを車窓から見ることができます。そして、釧路湿原駅へ。ログハウス風の駅舎は立派だったのですが、午後の冷たい風の中、私1人だけ下車したってのは、寂寥感というか何というか。。。そんなものを感じました。

 釧路湿原で降りた理由はただ一つ、SLを撮影することです。昨年(2004年)の大井川鉄道でSL撮影が病みつきとなり、SL山口号、そして今回SL冬の湿原号の撮影と相成りました。駅から釧路湿原を眺めつつ、雑誌に載っていたポイントに。近くに立ってみましたが・・・・"無理だ!""傾斜こそ止別の撮影地より緩やかだが、高さが50mはある!?"それも深々とした雪が。"しかし、どうみてもあそこなんだよなぁ。。。。"山の麓まで50mほどラッセルするも断念。あきらめて線路端で撮影しました。
 しかし、お尻からやってSLって。。。ところで、SLの音はいつ聞いてもいいですね。釧路湿原はある意味山に囲まれているので、SLの音が反響して効果音としては最高でした! 同じポイントで普通列車も撮影しました。こちらの方が湿原の感じが出ているような。。。

 釧路湿原での2つ目の課題「釧路湿原と暮れ行く水星を撮影する」でした。20分程歩いて有名な細岡展望台へ。釧路湿原が180度見渡せる大パノラマオススメです。そして、そして湿原に沈む夕日ときたら!もう感動しきりでした。しかし、写真だと雄大さの1/100も切り取れませんね。
 10人もいた他の観光客も夕日が沈んだと同時にやってきた寒さで全員帰っていきまいました。これから2ndステージがあるというのに。何故3月のこの週に出撃したかといいますと、まず夕方西の空に月と水星があり、それも水星が見頃をむかるからです。それを釧路湿原で見ようと思った訳です。辺りがすっかり暗くなり夜の帳がおりるころ、月がぼんやり明るく浮かび上かり湿原を照らて、幻想的な空間を味わえました。肝心の水星の方は双眼鏡で確認できるのがやっとで、写真にもようやっと写っているって感じでしたが、人生2度目の水星です♪

 釧路湿原駅は、夜なると停車しないので帰りは行きと違う(隣の細岡)駅へ。およそ3km程歩かなければならなかったのですが、街灯はまったくなし。道中、明かりを出し歩きながら地図を確認中・・・雪に突っ込む、という“お約束な”ことをしてしまいました。

 この日の宿は、東横イン釧路十番街。きれいでサービスもよかったです。なんといってもフロント全員が若いお嬢さんだったのが好感がもてました(笑)。
 風呂に入ると太股全体に擦り傷のような痛みが。全体が赤くなっていたので、藪に突っ込んだ時に出来た傷だろうと思っていました・・・が、凍傷でした。。。やはりジーンズ1枚で7時間野外にいてはいけませんな。おそらく気温は氷点下10℃にはなっていたと思うし。いくら寒さに耐性があるといっても・・・体にきたようでした。

 この日は、午前はオホーツク海の流氷を、午後は釧路湿原の沈む夕日を、と自然を堪能した1日でした。




4日目(3/14・月)



 この日は1日かけて釧路・根室の往復となりました。朝ホテルを出て、沢山の日差しに出会う。ぴりっと寒いな〜程度に思っていたら、街頭表示が-8℃を示していました(汗)。

 最初の目的地にむけ根室本線(花咲線)で東にむかいました。根室半島も先の方に近付くと南に太平洋、北にオホーツク海が見えるのですねぇ(前回は気がつきませんでした)。釧路から2時間半、目的地東根室駅に降り立ちました。降り立ちましたが・・・余りに簡単な造りの駅なのでビックリしました。何故、ここが目的地かというと日本最東端の駅だからです。東根室駅を通過する快速はなさきを撮影後、徒歩にて根室駅へ。

 約1km 15分ほど歩いて根室駅に、目的は昼食を取ること。根室と言えば、やはり花咲ガニでしょう。早速、駅前の定食屋さんで、カニ定食を注文しました。2000円だったのですが、カニの足・季節のさしみ(3種類の貝の刺身)・カニの鉄砲汁・その他が付いていて、大満足でした。
 満腹で根室駅に入ると駅弁があるし!?根室駅には駅弁がないから、定食屋に入ったのに。。。何でも、昨年秋のカニ祭り以降売り出したそうな。2種類(花咲カニめしと花咲カニ釜飯)あって、カニめしを購入。お腹は一杯だったのすが。お三時用に(笑)。しかし、これが後に命をつなぐとは。。。
 ところで、今回の旅ではカンジキが大活躍しました。根室から乗り合わせたじーちゃんが、カンジキを見て、シカを撮影するのかと聞いてきました。たしかに車窓には沢山シカがいましたが。。。どちらかというと足首を覆うスパッツを付けていたことを褒めてくれました。
 例年にない雪の多さで大変だった網走とは違い、根室の積雪は平年並みだそうです。しかし前日とこの日のように2日も晴れが続くのは珍しいとのこと。これも日頃の行いがいいからですね〜。しかし・・・そう思ったのもつかの間、数時間後、死にそうになるなんて。。

 次の目的地は根室から5つもどった落石という駅、駅から5km行ったところに断崖の上を走る列車が撮れる場所があるからです。とてもいい天気、10分も歩くと濃い青色の太平洋も見えてきて、気分は最高。鼻歌交じりの行軍になりました♪ 曲はゴダイゴの銀河鉄道999映画版のテーマソングでした。
 海に近づくとワカメを干している所が、あちらこちらにあり海に密接に関わっている生活が垣間見えました。海岸に出ると180度海!そそり立つ断崖! さすが北海道三大岬に数えられるだけあると思いました。しかし、撮影ガイドブックには「一番高い断崖(矢印付近)を登る」とありましたが、どうみても断崖の上まで50m。。。意を決して急斜面を登ることにしました(矢印:登頂コース)。最大斜度40度の壁を、死にそうになりながら登りきりました。濡れている熊笹(枯れている)って、滑りやすいんですね。少なくとも3回派手に滑落しました。登った後で、尾根道を行った方が楽だと分かりました。

 登り終わった直後、目の前を列車が通過していきました。ケーキの生地に生クリームを塗ったような断崖に青い空(空は乗鞍に似ているかな)藍色の海、この景色を独り占めできるなんて登山の疲れが、ぶっとびました。1平方kmに私一人、あとシカ多数って感じでした(笑)。
 この日は天気がとてもいいので、14時から20時近くまで粘ることにしました。まずは、かまくらを掘ってベースキャンプを築く、わずか50cm程の深さでしたが、海風がしのげて快適でした。かまくらでご機嫌の私です。普段自分を撮るのが嫌でめったに自分を撮らないのに、あまりに気分がよかったので撮影しちゃいました。
 次に、暗くなって雪原の中を迷わないよう約700m分足跡をつけることにしました。途中でシカの群れに遭遇・威嚇されました。結局、暗くなり撮影が終わるまで威嚇され続けたかな。
 2時間ほど経ち、太陽も夕日と言っていい頃、風景がまた趣きを変えました。ここで根室駅で購入した駅弁を食べる。沈む夕日を見ながらの食事は最高でした。夕日に照らされ銀色ボディがキラッとひかる列車を撮影した後、ほどなく日が暮れました。
 日が暮れると景色が3度変化。星々の世界に変わりました。月に照らされキラキラと光る海、満天の星、感動以上の美しさでした。北緯45°だと北極星が高い位置にいますね〜。
 鉄道の旅では天体写真を撮ることはできないのですが、今回は満天の星空になったので(前日の夜同様)バリバリ天体写真撮ってました。そして、天体写真と鉄道写真のコラボレーション、ずっとねらっていた写真なども撮ることができました!

 もう少し居たかったのですが、落石駅発21時の列車が最終でこの列車に乗らないと根室半島から脱出ができなくなるので、行きの時間に30分加えて19時30分出発。。。がほどなく道に迷う。どうやらシカ達が、足跡を上書きしたようだ。シカめ〜、許すまじ。
 仕方がなく、元来た道に復帰しようとしても駄目。迫る時間。タイムオーバーともなると自動的に、死に限り無く近付くので、人生でこれほど焦ったことはないのではという位焦る。闇雲に歩き雪の深い所に何度も突っ込む。精魂尽き、動くことができなくなりました。。。
 もういいやと思い休憩を取る(落ち着く)と考えがひらめくのですよね。荷物を降ろし時刻表を見ると落石23時11分の根室行きがあるではないか、根室で宿があるか分からないが、ともかく2時間猶予ができる。
 氷点下45℃のカナダの時に比べて、この位なら黒森並の寒さだし、もう既に6時間野外にいるのだから、もう腹をくくって雪洞掘って一晩過ごすのも手だな(食料もなく水も凍っていたが)、これであと12時間。と更に落ち着き度が増す。
 落ち着き度が増すと思考がどんどん回転し、以前見たプロジェクトXで、立山の救助隊員の話として、"雪山で遭難したら尾根を歩け!"を思い出す。今、谷のさなか、急ぎ山を登る。するとどうでしょうルートに復帰できたではありませんか!そんなこんなで、ヘロヘロの状態で雪原を脱出。

 脱出したところで時計を見ると時間はまだ40分残っていました。駅まで4km。雪原で大きく動かし乳酸が溜まりまくった足を酷使し、猛ダッシュ。駅に着いたのが、列車到着の3分前でした。もう落石駅が光が天国入口に見えましたよー。

 無事釧路まで戻り、釧路発札幌行きの夜行特急まりもに乗込むことができました。




5日目(3/15・火)



 前日の一件で食料が買い込めず乗車。5時50分札幌に到着しても飯が買えず、空腹のまま小樽へ。銭函付近から朝の日に照らされる日本海が広がる、キラキラ輝きキレイでした。1回の旅でオホーツク海、太平洋、日本海の3大洋が見れるなんて珍しいことですねぇ。

 7時小樽駅着。当然、朝早すぎて食事できず(駅そばでもあればいいのに(涙))、そのまま小樽観光へ。小樽運河旧日本銀行小樽支店を見てまわる。古い街なので期待していたのですが、(私にとって)写欲がそそられる被写体があまりなく、堺町通りで撮影した、軒下に下がるつららの写真がお気に入りになりました。
 堺町通りで9時からやってる寿司屋を発見。15時間の飢餓状態をようやっと脱することができました。普段なら手を出さない2500円という握り御膳でしたが、この時の私には安く感じました。ゆっくり待てば、開店する店もあったのでしょうが、9時43分に列車に乗らないと次の目的地に行けなかったから、助かりました。

 小樽から、今回の旅の最終目的地、倶知安へ。大雪一過で空が洗われたのか、ものすごいよい天気で、青い空に羊蹄山がよく映えていました。倶知安はそうはいっても日本海側、雪の量が半端ではなりませんでした。とくに金曜からの低気圧の影響で、土・日の2日間で1m降ったと地元の人が(道を聞いた時)教えてくれました。歩道が雪の壁(携帯画像)に挟まれていたし。。。
 撮影ガイドブックに載っている場所は、除雪もされていない道を行かなければならないので断念。駅に近い(約1km)踏切から撮影することにしました。カメラをセットするとすぐに(列車が来る時間でもないのに)踏切が鳴動、ラッセル車がやってきました。ここ数日の頑張りが忍ばれますね。
 そして何と言っても羊蹄山!列車抜きでもよい写真になったのでは、と思えるような景色でした。しかし、夏場は使えない場所のような。。。高さ3m位の雪によってベストポジションになっているから。

 倶知安から長万部まで出ました。倶知安経由の函館本線は、山線と言われて、今では室蘭経由が主となっていますが、以前はこちらがメインルートでした。山線と、名の通り山を縫うように走っていきました。左手に羊蹄山、右手にニセコ岳となかなか楽しめました。長万部から函館へ。函館からは珍しく国鉄色の白鳥に乗車することができました。そして、八戸と乗換えまして、東京まで無事帰ってきました。

 東京駅ではクマ三郎君が出迎えてくれました。お土産(駅弁)渡たし、横浜で旅の報告会となりました(笑)。


 この5日間、長かったような、短かったような。。。短かったのは、特に時間・お金・(12本あった)フィルムで、それぞれぎりぎりでした(笑)。そして長いといえば、総徒歩距離が計算したら36km。いやはや。
 後半3日間は天気がとてもよかったので、出発前に想像していた以上に、雄大で素晴らしい景色に出会うことができました。
 途中、死にそうな事件にも遭遇しましたが、また(冬の北海道に)行ってみたいなぁ。



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