五能線

最終更新日2010.03.25.


● 基本データ

 五能線は、奥羽本線の東能代駅から青森県西部の肩のような部分を沿うように走り、同じく奥羽本線の川部駅を結ぶローカル線(地方交通線)である。五能線の五は五所川原、能は能代から。秋田県側は奥羽本線の支線であった東能代-能代間の能代から、青森県側は陸奥鉄道の川部-五所川原間の五所川原からを、それぞれ延ばし建設されたことによる。
 福島から山形・秋田を経由して青森を結ぶ奥羽本線は、福島・青森両側から建設がはじまった。青森県側から建設が進んでいた路線は、秋田県に入り能代を経由し日本海を南下することになった。しかし、東北地方第五大河、米代川河口に広がる能代市街に鉄道を通す為には、スイッチバックをしないと路線が作れなかった。それに地元の反対運動もあり、明治34(1901)年11月1日の区間開業時に能代駅は市街の南東に作られることになった。その後、米代川を使って運ばれていた物資の運搬が鉄道やトラックなどに輸送に変わっていくと、能代市街までの鉄道路線の建設が求められ、奥羽本線の貨物支線が建設されることになった。これにより能代-能代町間が明治41(1908)年7月1日に開業し、やがて旅客営業も開始され能代線と命名された。この際、能代の駅名が機織に変更され、現在は東能代になっている。
 日本海岸を巡って能代と五所川原を結ぶ鉄道は、旧鉄道敷設法による予定線にあげられていたこともあり、能代から路線が延長されることになった。大正15(1926)年4月26日に椿(現;東八森)、同年11月24日に岩館、昭和5(1930)年12月26日に大間越、昭和7(1932)年10月14日に陸奥岩崎まで延伸された。
 一方、青森県側からは大正7(1918)年9月25日に開業した陸奥鉄道の川部-五所川原間を、五所川原から西に官営の五所川原線として延伸されることになった。大正13(1924)年10月21日に陸奥森田、大正14(1925)年5月15日に鰺ヶ沢まで到達した。昭和2(1927)年6月1日に陸奥鉄道が買収され、川部-鰺ヶ沢間が五所川原線になった。建設はその後も続き、昭和4(1929)年11月26日に陸奥赤石、昭和6(1931)年10月20日に北金ヶ沢、昭和8(1933)年11月5日に大戸瀬、昭和9(1934)年12月13日に深浦まで延伸された。
 昭和11(1936)年7月30日、最後に残った陸奥岩崎-深浦間が開業し全通した。この際、路線名も五能線に変更された。
 147.2kmのうち約80kmにわたって日本海に沿って走り、冬の波風が強い時には運休されるなどの問題があるが、雄大な風景が乗車時間の半分以上続く。温泉では艫作(へなし)駅付近の黄金崎不老ふ死温泉が全国に知られている。また、路線が覆うように走る白神山地が平成5(1993)年世界遺産に登録されたことが何といっても有名だろう。これにあわせて平成9(1997)年4月1日より「リゾートしらかみ」(青池編成)の運転が開始された。他に橅編成、くまげら編成がある。3両で1号・3号は普通座席で先頭は展望ラウンジになっている。また、2号車はボックス席になっていてを倒して座敷のようにすることができる。そして車内では、鰺ヶ沢-五所川原間にて津軽三味線の生演奏や語り部による津軽弁の実演が行われる。

東五能-川部間 147.2km
※ 距離も長く優等列車は快速で全席指定の「リゾートしらかみ」しかないので、乗りつくしはやや大変。そして岩館駅-鰺ヶ沢駅間の日中は、数時間に1本と本数が少なくなるので注意が必要。

[車窓の楽しみ方]
 五能線の始発は東能代駅。そして、列車の帯は世界遺産にも登録された白神山地がデザインされている。東能代を出発した列車は、昔奥羽本線の支線であった区間を走り能代駅に着く。能代は江戸時代北前船の中継基地として栄え、近代になると米代川の水運を利用して製材業が盛んになった街、現在では能代工業高校のバスケ部が有名であろう。東能代や能代の駅にはバスケのゴールがあり、シュートの練習ができそうだ。
 能代を出発した列車は米代川を渡り、しばらくは(海は見えず)のんびりとした水田地帯を進んでいく。東八森駅を出発して、列車がやや高度を上げると海が眼下に広がる。五能線の全長は147.2km。そのうち約80kmにわたって日本海はつかず離れず展開するようになるが、この瞬間がそのはじまりである。そして、岩館に着く。この付近の海岸沿いには奇岩怪岩が連なっていて、そのありさまが自然の城塞すなわち「館」のようであることから「岩館」といわれるようになったとされる。車窓からも、その奇岩群が見られ、特に黒々とした色が印象的であった。

 岩館を出発すると秋田県から青森県に入り十二湖駅になる。駅北東に約280万年前地震によってできた湖沼があることからこう呼ばれている。また、駅舎は産直場が併設されている。この区間では進行(深浦)方向右手には白神岳や、その奥に控える白神山地が見ることができる。幽玄とした風景に心が洗われるようであった。線路が大きく左にカーブすると、進行(深浦)方向右手の丘の上に観光施設ウェスパ椿山の展望台が見えてくる。この展望台へはウェスパ椿山駅前の物産館からスロープカーで登るようになるのだそうだ。また、駅前にはSLも鎮座している。ウェスパ椿山のお隣は艫作駅。駅から北北東約700m所には黄金崎がありそこの不老ふ死温泉が特に有名である。黄金色の珍しい温泉で、水をなめると鉄の味がするから面白い。また、艫作をはじめ、この先深浦町内には、追良瀬驫木風合瀬と珍しい駅名が続く(それぞれクリックすると読み方の答えが出る)。深浦に近づくと高台を走るようになり、見晴らしがよくなる。荒れ狂う壮絶な日本海を眺めたくて五能線の乗客になったのだが、平成19(2007)年の11月下旬に乗車した時は、海は穏やかであった。やがて家屋や建物が増えてくると深浦駅に着く。
 深浦を出発すると車窓には褐色の奇岩が現れるようになる。この奇岩群がしばらく続き面白い。また、その奇岩群を抜けると小石の海岸が続く。その海岸の先に気持ちのよい空が広がる。これが一度、低気圧が近づくと荒れ狂う空に変わるのだろう。褐色の岩が緑色を帯びたものになると千畳敷駅になる。駅前には千畳くらい敷き詰められるという平らな岩石が車窓からも見ることができる。また厳寒期には千畳敷駅山側から染み出した地下水が凍り付き氷の壁ができる。岩館付近では黒色、深浦付近では褐色、そしてこの千畳敷付近では緑色と、岩石の色が変化していくのも興味深かった。しばらく海を見ながら進むが、漁港などが増えてきて自然のままの海岸線は少なくなってくるようだった。やがて列車は高台を走り、大きく右カーブして鰺ヶ沢市街へ入っていく。市街地の西を流れる中村川を渡ると、鰺ヶ沢に着く。

 鰺ヶ沢は沿線では深浦に続き大きな街である。地名は、鯵の漁獲高が多いことから「あじが沢」と呼ばれることを由来にするのだとか、藩政時代には津軽米の積出港(藩の御用港)として海運業でも栄えた。また、津軽藩の始祖である光信公の館跡もある。そして、駅舎内には歴史を感じさせるバス時刻表などもあり面白い。
 鰺ヶ沢を出発して、すぐに海が見えてくるが海はここまで。これより海を離れ、大きく右にカーブし津軽平野に列車は進んでいく。海沿いを走った時間は実に2時間ほど。車窓から海がこれだけ続くのは、おそらくこの路線だけなのではないだろうか。最後には、津軽半島西岸の七里長浜の長い砂浜が見えて終わりになる。津軽平野に入ってくると、進行(五所川原)方向右手に岩木山が見えてくるようになる。そして、車窓には時よりリンゴ畑の光景なども飛び込んでくる。こうして木造駅に着くが、駅があるつがる市には縄文時代の亀ヶ岡遺跡があり、そこで斜光式土偶が発掘されたことより駅舎も巨大な斜光式土偶になっている(下、駅舎写真参考)。また、町内の掲示板も斜光式土偶であった。また、駅前には縄文住居がある公園があって見学することができる。残念なことに亀ヶ岡遺跡は駅から北北西約10kmと遠い為、縄文遺跡に着いては駅から北に徒歩15分の所にある縄文住居展示資料館カルコである程度勉強することができる。館内には亀ヶ岡遺跡で発掘された縄文土器土器破片が手にとってみることができるので面白い。また、駅から資料館まで間、登録有形文化財の旧高谷銀行が見学できたり、またアーケードで雪国の暮らしなどが知ることができるので、たまには途中下車して散歩をするのもいいかも知れない。

 木造駅を出発して岩木川を渡ると、対岸に五所川原市街が見えてきて家屋の屋根の中を抜ける五所川原に着く。五所川原は、岩木川が大変曲がりくねって五ヶ所に川原ができたので、五所川原になったといわれている。また、高さ20mを越える立佞武多(たちねぷた)が「ヤッテマレ」の掛け声とともに町を練り歩く勇壮な夏祭りは全国的にも有名であり、駅ホームでも立佞武多を見ることができる。五所川原は津軽鉄道との接続駅。津軽鉄道は冬季ストーブ列車を走らせるのでも知られている。五所川原から針路が南へと変わり、西方向(進行(川部)方向右手)に岩木山が移ってくる。この区間はリンゴの一大産地。岩木山とリンゴ畑の組み合わせが素晴らしく、とても青森らしい。これが、初秋ともなれば真っ赤なリンゴが車窓を埋め尽くすようになるのだとか。そして、奥羽本線と合流して、五能線の終点川部駅に到着する。
 車窓は、日本海が広がるので、もちろん進行(川部)方向左側がよい。



● 乗りつぶし記録

  ・2007.11.24. 東北完乗作戦東能代→能代間に乗車。
  ・2007.11.25. 同、能代→川部間に乗車。完乗達成。
  ・2009.03.14. 秋田乗りつくし旅で、東能代→十二湖間に乗車。
  ・2009.03.15. 同、十二湖→川部間に乗車。
  ・2010.03.22. 東北乗りつくしで、川部→五所川原/五所川原→川部間に乗車。



● 駅舎写真

東能代駅(2007.11.) 能代駅(2009.03.) 向能代駅(2009.03.)未下車
北能代駅(2009.03.)未下車 沢目駅(2009.03.)未下車 東八森駅(2009.03.)未下車
八森駅(2009.03.)未下車 岩館駅(2007.11.) 十二湖駅(2009.03.)
深浦駅(2007.11.) 鯵ヶ沢駅(1994.02.) 木造駅(2007.11.)
五所川原駅(2007.11.) 板柳駅(2007.11.) 川部駅(2007.11.)



● おすすめ撮影ポイント

 撮影ポイントは、JR線路線別撮影地五能線にて紹介している。(このページに戻る際は、ツールバーの"戻る"を使って下さい))。
 他に、海岸線をゆく追良瀬-驫木間、深浦-広戸間、日本海を目前にした家屋と列車が撮影できるあきた白神-岩館間、岩木山と津軽平野のリンゴ畑が撮影できる藤崎-川部間など数多くある。



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