朝の給湯室。カフェインの補充にお茶を淹れに行くとマグロさんが自分のカップを洗っていた。
カップを振って水を切り、ふきんで残った水滴を拭う。
ティーバッグを放り込んで、瞬間湯沸し器から直接お湯を注ぎ込む。
マグロさんがお茶を淹れ終わったところですかさず話しかける。
「あの〜、マグロさん。○○の報告書ですが、未提出なので催促されてますが」
責任者マグロさん、担当者エイザの業務。なのになぜか毎月報告書を書いているのはエイザである。
「う〜ん、エイザちゃん、うまいことやっといて」
満面の笑顔を浮かべて答えてくる。しかしこの人の笑顔はなんか「無責任男」を思い出させるのは何故だろう。
「まぁ、責任はオレが取るからさぁ」
ほら、うさんくさい。こういうときはキチンとソースに基いて反論する必要がある。旨からPDAを引っ張り出してスケジュールを確認する。ほら、やっぱり。
「・・・スケジュール表によれば、報告会の日は御出張じゃありませんでしたか」
「・・・そう言えば、そんな気もするなぁ」
めちゃ、うさんくさい。ここはもう一押しする必要がありそうだ。
「どーやって、責任取るんですか。私が集中攻撃されるのはイヤですよ」
「・・・ロックに説明しとくからさぁ。大丈夫だよ」
「ホントですかぁ」
我ながら疑り深い声を出していたのだろう。マグロさんは少し回りを見回してからこう言った。
「いかんねぇ。まぁ、そこにあるお菓子でも食べて落ち着きなよ。ほら、昨日のバウムクーヘンが残ってるし」
「朝からバウムクーヘンは食べられませんよ。カツサンドや牛丼ならともかく・・・」
ここでなぜか、マグロさんの動きが止まる。からくり人形のように頭を上げてこちらを見返してくる。
「・・・いや普通、朝から牛丼は食べられないだろう?!」
「いや、食べられますよ。カツ丼だってOKです」
「・・・・・・」
何故、ここで黙り込むのだ。朝からカツ丼くらい食べられるだろう、普通。
・・・いや、普通でないのはわかっているが。
「あ、でもカップラーメンは食べられないだろう?」
「食べられますよ。現に今朝、寝坊したので食べてきましたが」
「・・・・・・」
だから何故、そのくらいで驚くのだろう。私だって朝から日本酒とかブランデーはできないと思うが。
「わかった。俺、胃腸だけは弱いんで、朝から牛丼とかカツ丼とかカップラーメンは無理だわ」
「胃腸だけ、弱いってことは、『神経』は太い、ってことですね」
思わず、条件反射で「急所突き」発動。イヤ、これでも手加減したんですよ、「腹が黒い」とか「面の皮厚い」とか言ってないし。
「・・・・・・」
黙り込むマグロ氏。しかしこのくらいで倒せるようなら「微笑みの腹黒男」などとは呼ばれない。
すぐニヤリと笑って反撃してくる。
「あ〜、朝からエイザちゃんにいじめられちゃったなぁ〜。」
わざとらしくため息をひとつ。
「エイザちゃんにいじめられたから、明日会社休むってタヌキ課長に言ってもいい?」
フフン、自分を弱者にしてくるのは下策ですよ。なら、こう返します。
「私としては問題はありません・・・が、O女史に聞かれたら思いっきりバカにされると思いますが」
「・・・・・・」
今度こそ本格的に黙り込んだマグロさん。ここはすかさず追い討ちをかけるべきである。
「『エイザにいじめられて会社休むなんて、よわっ!』とか『私の方がエイザより強いから、マグロさんに勝った!』とか『オーッホッホッ ホ、マグロさんって、軟弱』とか言われてもいいのなら、どうぞ」
思いっきり目が泳いだマグロさん。視線がバウムクーヘンの上で止まる。のろのろと手を伸ばして一切れ口に放り込む。
「・・・オレは朝からバウムクーヘンが食べられるからいいもん」
だが、私は忘れていた。結局報告書は私が「うまいことやっとく」必要があるのは変わらないことに。
そしてパソコンの前で、「うまい報告」をひねり出そうと悪戦苦闘することは変わらないのである。
前 | 2006年 2月 |
次 | ||||
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 |