午前8時30分頃。
朝のミーティングも終わり、コーヒーを淹れに給湯室に行くと、マリさんが戸棚の前で首をかしげている。
マリさんは栗色のポニーテールがリスをイメージさせるお嬢さん。性格は一言で言えば「せっかちさん」。ふだんは意識してゆっくり話すが、びっくりすると急に早口になる、小動物癒し系である。
「どした?」
「あー、エイザさん。実はー、わたしもー、お茶会にー、入りましてー」
お茶会。総務メンバー有志が会費を出し合い、様々な飲み物を共同購入する会である。ちなみに会費は1,000円/月で飲み放題。
専用の戸棚にはレギュラーコーヒー、インスタントコーヒー、紅茶や緑茶のティーバッグといった定番のみならず、インスタントのキャラメルマキアートやカプチーノ、カフェ・ラテや、ジャスミンティーやプーアル茶、玄米茶のティーバッグ等充実した品揃えを誇っている。
「で、なにを飲もうかと考えている、と」
「そのとーりですっ」
戸棚を眺めているマリさんを横目で見つつ、愛用のステンレス製保温カップにインスタントコーヒーをビンから直接流し込み、ポットのお湯を注ぐ。
保温カップのフタを閉めても、まだマリさんは戸棚を眺めている。それがちょっと可笑しくて、ついつい言わなくていいことを言ってしまう。
「あ〜、時々『ハズレ』があるから、気をつけろよ」
「ハ、ハズレですかっどれがハズレですか?」
ビックリしたのか、急に早口になって尋ねてくるマリさんに対して、私は片頬を歪めるようにして嗤って続けた。
「それは、秘密です」
「えーっ」
そう、人間は自分で学ばねば成長できない生き物なのだ。
午後3時30分頃。
凝った肩をまわしながら、紅茶を淹れに給湯室にいると、マリさんが愛用のコーヒーカップを洗っていた。
「どした?」
「あー、エイザさん。ハズレをー、引いてー、しまいました」
「ほう?」
最初からハズレを引くか。やるなマリさん。
「えーと、黒豆ココアはー、ハズレでしたー。あとー、プーアル茶もー、ハズレですー。そこのなんとかレモンとかー、いうのもーハズレですー」
・・・たった5時間で3つもハズレを引けるキミが心配だよ、お兄さんは・・・。
そんな私の心配を知ってか知らずか、マリさんは続けた。
「でもー、アタリもー、あったんですー」
「ほぅ、どれがアタリ?」
「はい、そこにあるー、『キクほうじ茶』ってー、いうのがー、おいしかったですっ」
・・・「キクほうじ茶」?そんなのあっただろうか。私の記憶にはない。ほうじ茶はあったかもしれないが・・・。
そもそも「キクほうじ茶」ってなんだ?今までの人生においてそんな飲み物、聞いたことがないぞ。
漢字変換すると「菊ほうじ茶」だろうか?菊の花びらが入っているのか?でもフレーバー系なら緑茶の方がいいのでは?いや、お茶に入れるのは桜か梅だろう。そもそも菊の香りってどんなのだっけ?菊の花は「酢の物」だろう?
頭の中で「菊ほうじ茶」を再現しようとしてみるが、うまくいかない。
改めて戸棚の中を見てみる。やはり「キクほうじ茶」はない。
「・・・そんなのないぞ・・・」
マリさんは不思議そうな顔で、戸棚の側までやってくる。
「ありますよー、ほらー、そこのー、黄色いー、パックですよっ」
マリさんはひょいっとティーバッグをつまみ上げた。
「あー、大変言いにくいのだが・・・」
「どーかしました?エイザさん?」
きょとんとした顔で、尋ねてくるマリさん。本当に、言いにくいのだが・・・。あえて重々しく言ってみる。
「それは『茎ほうじ茶』だ」
「へ?」
2秒の沈黙。そして・・・。
「でもっパックに『キクほうじ茶』って書いて・・・あっ『くき』ってフリガナふってあるしっあーっどうしようっはずかしいっ」
ワタワタしているマリさんを眺めながら、妙な癒しを感じた私は心の中でつぶやいた。
「・・・コレが『萌え』ってやつ?」
人間は自分の体験より学ぶ生き物なのである。
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マリさん、萌え。
エイザは 萌え を手に入れた!<br>レベルが 1 上がった!
コメント、サンクスです。<br>ちなみに今日のマリさんは某K市主催のイベントで、工場の製品の売り子をしていたはずです(実際は見ていない…)。