赤羽線

最終更新日2012.02.23.



● 基本データ

 赤羽線は、山手線の池袋から東北本線の赤羽を結ぶJR東日本の幹線路線である。
 山手線の前身は日本鉄道が作った品川線であり、明治18(1885)年3月1日に開業した時は品川-池袋-赤羽が本線であった。やがて山手線の路線が東進するようになり、明治39(1906)年11月1日の日本鉄道国有化を経て、池袋-赤羽間は、しばらくは山手線の一部として存在する。戦後かなり経って、昭和47(1972)年7月15日に赤羽線として分離されたが、このように赤羽線は歴史がある路線である。ただ、昭和60(985)年9月30日の埼京線開業により、同線との一体の運行形態が取られるようになった為、赤羽線と案内されることがほとんどなくなったのは、寂しいことである。

 電化は明治42(1909)年12月16日に、複線化も大正14(1925)年3月31日に完了している。 そして、昭和62(1987)年4月1日の国鉄分割民営化によりJR東日本に移管され、現在に至っている。赤羽線と案内される機会が少なくなったのは残念なことだが、埼玉方面から山手線内への短絡線としての役割は、年々増してきている。ちなみに、山手貨物線で埼京線と並行運転されている湘南新宿ラインは赤羽線を利用しない。


池袋-赤羽間 5.5km

※ 距離もとても短く、また本数がとても多いので、乗りつくしは楽。

[車窓の楽しみ方]
 池袋を出発すると、すぐに山手線が進行(赤羽)方向右にカーブしていくが、列車は左にある東武東上線と共にまっすぐ北東にむかう。国道254号線と首都高5号線をくぐると、進行方向右手に車輌基地が広がり、やがて東武東上線は左にカーブし住宅街に消えていく。こうして板橋になるが、ここは旧中山道の最初の宿場町で有名で、駅北側の道が旧中山道にあたる。また、江戸時代には刑場があり、幕末新撰組の近藤勇はここで処刑された。近くには墓所もある。
 板橋から国道17号が頭上を通過すると、左へゆるやかにカーブし進路を北に変え、以後まっすぐ赤羽にむかう。石神井川を渡り、左右に病院や学校が続くと十条。そこからは住宅街が多くなる。しばらく走り環状7号線をくぐると、高架がはじまり東北本線や東北新幹線の高架が近づいてくると、終点赤羽に到着する。
 車窓は、左右あまり差が無い。



● 乗りつぶし記録

   乗車回数過多の為、省略。



● 駅舎写真

池袋駅(2005.09.) 板橋駅(2006.08.) 十条駅(2006.08.)
   全駅掲載
赤羽駅(2005.09.)



● おすすめ撮影ポイント

 撮影ポイントは、JR線路線別撮影地赤羽線にて紹介している。(このページに戻る際は、ツールバーの"戻る"を使って下さい))。



全線一覧の Pege へ もどる