長野新幹線

最終更新日2009.09.15.


● 基本データ

 平成10(1998)年2月に開催された冬季オリンピック長野大会のアクセス輸送機関として、高崎-長野間が平成9(1997)年10月1日開業した。計画中だった北陸新幹線の一部を先行開業させたものだが、当初は軽井沢以遠をミニ新幹線とする計画がオリンピック開催決定を受け、フル規格新幹線に変更された。
 北陸新幹線の一部としての開業だが、行き先が信州の長野である為、正式名称の「北陸新幹線」を名乗る事ができず、「長野新幹線」と呼ばれていたが定着せず、次第に「長野新幹線」という呼称が一般的になった。
 開業と同時に並行在来線にあたる信越本線は、急勾配のため特殊な運転方式をとっていた横川駅-軽井沢間が廃止(バス輸送に変換)、軽井沢駅-篠ノ井駅間が第三セクターのしなの鉄道に移管された。これは、並行在来線経営分離の最初の例で、また日本鉄道史上初の"本線"分断となった。


[車窓の楽しみ方]
 トンネル区間が多いので、全体的に車窓を楽しめる時間は少ない。高崎から分岐した列車は、横川駅-軽井沢間の高度差を稼ぐ為に大きく迂回しながらトンネル内を登っていく。何度かトンネルを出ると安中榛名駅に着く。新幹線の為に作られた駅で、また中心街から離れた駅なので駅周辺にはまだ何もない状態になっている。何もないが駅前から妙義山を見ることができる。
 再び、幾つかのトンネルを抜けると軽井沢になる。有名な観光地だけあって駅周辺はあか抜けているように見える。軽井沢からは下りになって、モーター音も気にならなくなる。こうして佐久平。ここは小海線との接続駅だが、新幹線の改札を降りてから小海線に乗るためには長い通路を通らなければならない。そして、小海線の乗り場には改札がない。新幹線は高架が多いが、小海線のホームに立つと新幹線の線路が足元にあるので面白い。
 トンネルを抜けて、千曲川が見えてくると上田駅に着く。上田といえば戦国時代に活躍した真田雪村が有名だろう。駅前には真田家の旗印「六文銭」と雪村の銅像が立っている。また、明治時代にはこの周辺は養蚕が盛んになり上田駅は繭の輸送で賑わったそうだ。昭和25年には駅前に繭の女神がおかれることになった。しかし、駅改装などで倉庫に保管されている時期もあったが、平成元(1989)年より駅舎内の高い所に安置されることになり旅行客を見守っている。また、新幹線の沿線は年間の降水量が少ないようで、この上田も江戸時代用水(桝網用水)が整備され、明治には養蚕に利用されたとか。駅前公園には大きな水車があり、往年の用水の姿に思いを馳せることができる。
 上田駅を出発すると進行(長野)方向右手に上田城が見えるが、すぐに長いトンネルに入ってしまう。トンネルを抜けると、長野自動車道の橋が見えてきて渡るようになる。この直後、千曲川も渡る。千曲川を渡ってから観音平(長野盆地)が広がり始める。住宅街が増えてくると犀川を渡り、列車のスピードが落ちてくると長野に到着する。
 トンネルが長いので、車窓は左右それほど変化はない。



長野-高崎間 117.4km

※ 乗りつぶしに問題はなし。トクトクきっぷなどを組み合わせるなどして費用を軽減を計りたい。



● 乗りつぶし記録

  ・2005.06.19. 北関東攻略作戦高崎→長野間に乗車。完乗達成。
  ・2005.06.19. その帰り長野→高崎間に乗車。往復完乗。
  ・2007.12.22. 長野作戦高崎→安中榛名→佐久平→上田→長野間に乗車。
  ・2007.12.22. 同、長野→高崎間に乗車。
  ・2009.05.09. 長野完乗作戦で、高崎→軽井沢/長野→上田/上田→高崎間に乗車。



● 駅舎写真

高崎駅(2005.12.) 安中榛名駅(2007.12.) 軽井沢駅(2008.09.)
佐久平駅(1999.05.) 上田駅(2007.12.) 長野駅(2007.12.)



● おすすめ撮影ポイント

 撮影ポイントは、JR線路線別撮影地長野新幹線にて紹介している。(このページに戻る際は、ツールバーの"戻る"を使って下さい))。



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