飯田線

最終更新日2010.08.13.





豊橋-辰野間 195.8km

※ 全通列車は少ないが、全区間ほぼ1時間おきに運転されているので計画は立てやすい。しかし、乗りつくすには半日以上必要。
● 基本データ

 飯田線は、東海道本線の豊橋駅から中央本線の辰野駅を結ぶJR東海の地方交通線(ローカル線)である。
 日本の背骨中央アルプスをぬうように流れる天竜川、そのうち2/3ほど沿って走るのが飯田線である。もともとは地元私鉄路線4社を戦時中、買収・統合したことで成立した路線で、私鉄の簡易な規格で建設されたことから急カーブや急勾配が非常に多く、また都市と人口希薄地帯の双方が沿線に混在するなど、随所に特異な点の多い長大ローカル線である。しかし、これは渓谷美やアルプスの山岳と絡めて撮影できる場所を多く抱え、また中井侍駅・小和田駅などの「秘境駅」を誕生させたことにもなったので、多くの鉄道ファンの心を引きつけている。
 4社の私鉄路線を統合したので駅数が多く、全長195.7km中に実に94の駅がある。よって平均駅間距離は約2.1kmと大都市の通勤路線並みである。また、前記ような理由から速度が出せず、全線を乗る為には6時間半以上かかるという、かなりな忍耐が必要とされる路線としても有名である。
 建設の歴史は、豊川稲荷への参拝客を輸送する目的で設立された豊川鉄道(明治29(1896)年)が、豊橋側から工事が開始したのがはじまりである。明治30(1897)年7月15日、吉田(現豊橋)-豊川間を開業させた。明治33(1900)年9月23日、長篠(現大海)まで延伸開業。さらに先へは豊川鉄道の子会社である鳳来寺鉄道によって建設が進められ、大正12(1923)年2月1日、長篠-三河川合間を開業させた。路線がどんどん山岳地帯にむかうよう建設されたのは、大正期以降に中部山岳地帯各地において盛んに行われた水力発電所建設に伴う資材輸送促進が背景にある。
 一方、"中央本線を伊那谷を通し名古屋まで"と主張して敗れた、長野伊那谷の有志らが伊那電気軌道(後に伊那電気鉄道)を設立し、明治42(1909)年12月28日松島(現伊那松島)-辰野間を開業させた。その後、資金不足から小刻みに開業を重ね、昭和2(1927)年12月26日天竜峡まで延伸、天竜峡-辰野間が延伸開業した。
 南北双方から伸びてきた私鉄を天竜川沿いに結ぼうという計画が豊川鉄道と東邦電力の間で合意され、昭和2(1927)年に鉄道建設のため三信鉄道が設立された。建設は天竜峡側、三河川合側の双方から進められたが、この区間は地元では「魔の渓谷」と呼ばれるほど、急峻な山岳地帯で、地盤は非常に脆く、非常な難工事となった。アイヌ出身の測量士で山地での測量技術に長けた川村カネト等が招聘され建設にあたり、多くの被害を出しながらも、昭和12(1937)年8月20日、最後の大嵐(おおぞれ)-小和田間が開業、現在の飯田線が全通した。最初の区間が開業してから40年後のことであった。
 長野県側で、私鉄4社の買収を促す陳情が行われ、また政府もこれらは東海道本線と中央本線を結ぶ軍事上重要的な路線であるという認識から、昭和18(1943)年8月1日、4社の鉄道路線が買収・国有化、飯田線となる。昭和62(1987)年、JR東海に移管された。
 1960年から1980年代にかけては、新宿、長野、名古屋などとの間に直通急行列車や、快速・準急などの優等列車が走っていたが、並行する中央自動車道が開通し、これを経由する高速バスが設定されるとそちらに客が移ってしまった為、廃止されてしまう。優等列車全廃後は、ローカル輸送のみだったが、平成4(1992)年飯田線初の特急「伊那路」(豊橋-飯田間)が走り始め、行楽シーズンに豊橋-中部天竜間でトロッコ列車「トロッコファミリー号」が運転されるなど、観光路線の性格も持つようになった。
[車窓の楽しみ方]
 まず、豊橋駅を出発すると名鉄ロマンスカーとすれ違ったりするので驚かされる。これは豊橋駅-平井信号所間は名古屋鉄道と線路を共有しているからである。
 日本の歴史で有名な長篠の古戦場は、三河東郷駅から徒歩15位のところに広がる。長篠の合戦で有名な鳥居強右衛門(とりいすねえもん)磔死(たくし)の石碑は鳥居駅から徒歩15分ほど。車窓からも見ることができる。石碑を見てからすぐ川を渡り長篠城が見え長篠城駅に着く。長篠城は駅から徒歩10分ほど。合戦前夜、織田信長軍に内応を求め了承を取り付けた鳥居強右衛門が城近くで武田軍に捕まり、城の対岸で磔にされ虚言を言うよう強要された。しかし、強右衛門は味方の到着を告げ結果殺された、というのは有名な話。長篠城と磔死の場所は、目と鼻の先にあるにも関わらず、直接行く橋がないので、徒歩で40分近くかかった。それぞれ、長篠城駅・鳥居駅から歩くのが懸命。
 本長篠を過ぎると、いよいよ山岳地帯の中に入っていく。フォッサマグナで形成された岩盤の上を水が流れるという宇連川の珍しい風景を見ることができる。中部天竜駅に付属して佐久間レールパークがあり、昔懐かしい列車たちと出会える。中部天竜駅を出るとすぐに進行(飯田)方向左に、水が滝のように流れる光景が車窓に広がる。これは佐久間ダムから放流された水なのだが迫力がある。
 佐久間駅から長いトンネルが続き、それが終わると大嵐駅。ここからは天竜川に沿って走るようになる。唐笠駅からは川下りを楽しむ船を川面に望め、天竜峡に到着する。中部天竜-天竜峡間は進行(飯田)方向左に陣取るのが楽しい。駅から1分の所に天竜峡温泉ホテルがあり、気軽に温泉が楽しめる。
 天竜峡から先は住宅が多くなり、大きくカーブすると飯田市街が広がる。飯田駅を出発して、しばらくは市街地が続くが水田が多くなり、東からは南アルプス、西からは中央アルプスが近づいてくる。飯田から先は左右ともに車窓は楽しい。また、思い切って運転台裏に立ってアルプスを楽しむのも一興である。飯田線の旅は長いので、途中伊那で名物ローメンを楽しむのもよいだろう。
 左右のアルプスが近づき谷が深くなると、終点辰野に到着、飯田線の旅は終わる。



● 乗りつぶし記録

  ・2005.07.30. 飯田・中央西線攻略作戦豊橋→辰野間に乗車。完乗達成。
  ・2010.08.08. 名鉄乗りつくしで、豊川→豊橋間に乗車。



● 駅舎写真

豊橋駅(2005.07.) 豊川駅(2010.08.) 新城駅
三河東郷駅(2005.07.) 鳥居駅(2005.07.) 長篠城駅(2005.07.)
本長篠駅 中部天竜駅(2005.07.) 城西駅(2005.07.)
水窪駅 中井侍駅(2005.07.)未下車 天竜峡駅(2005.07.)
伊那八幡駅(2005.07.) 下山村駅(2004.09.) 飯田駅(2005.07.)
伊那上郷(2004.09.) 飯島駅 伊那大島駅(2005.07.)
田切駅(2005.07.) 駒ヶ根駅 伊那市駅(2008.12.)
伊那北駅(2008.12.) 伊那新町駅(2008.05.) 辰野駅(2008.05.)



● おすすめ撮影ポイント

 撮影ポイントは、JR線路線別撮影地飯田線にて紹介している。(このページに戻る際は、ツールバーの"戻る"を使って下さい))。



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