八高線

最終更新日2008.09.21.



● 基本データ

 八高線(はちこうせん)は、中央本線の八王子からら、拝島、高麗川、小川町、寄居など埼玉県西部の都市を結び、高崎線の倉賀野に至る地方交通線(ローカル線)である。全線が東京近郊区間に含まれているが、平成8(1996)年以降東京近郊区間唯一の非電化区間となっている。拝島で西武拝島線、東飯能で西武秩父線、越生で東武越生線、小川町で東武東上線、寄居で東武東上線と秩父鉄道と、東京から郊外に延びる路線に多く接続するのが特徴である。

 東海道方面から上越線方面の軍事輸送や、群馬県で生産される生糸を海外輸出港である横浜港に運ぶことは高崎線や東海道本線が担っていたが、これを都心からバイパス(八王子から横浜線に接続)する目的で建設されたのが八高線である。路線は南北から進められ、南からは八高南線として昭和6(1931)年12月10日に八王子-東飯能間が開業。昭和8(1933)年4月15日に越生、昭和9(1934)年3月24日に小川町まで延伸された。一方、北からは八高北線として、昭和6(1931)年7月1日に倉賀野-児玉間が開業。昭和8(1933)年1月25日に寄居まで延伸された。昭和9(1934)年10月6日、小川町-寄居間が開業し全通、八高南線が八高北線を編入する形で八高線が誕生した。
 昭和33(1958)年11月20日に全旅客列車が気動車化され、以降のんびり走るローカル線の歴史が刻まれていったが、平成8(1996)年3月15日八王子-高麗川間電化され、同時に電化された川越線との一体の運行形態が取られるようになり、八高線が大きく様変わりした。高麗川以南は八王子から川越線に乗り入れる列車が走り、高麗川以北はディーゼル車がのんびり走るような形に変わった。そして、全ての列車が倉賀野から高崎線に乗り入れ、高崎発着となっている。

 八高線の歴史で忘れてはならないのが、戦後すぐに起こった2つの大きな事故である。昭和20(1945)年8月24日、小宮駅-拝島駅間の多摩川鉄橋上で上り下りの両列車が正面衝突する事故が発生、少なくとも105名が死亡。そして、2年後の昭和22(1947)年2月25日、東飯能駅-高麗川駅間で下り列車が脱線・転覆184名が死亡する事故が発生している。



八王子-倉賀野間 92.0km
※ 八王子-高麗川間は本数が多いが、それ以北は1時間に1本の運行になる。

[車窓の楽しみ方]
 八王子を出発した列車は、中央本線と分岐し大きく左へカーブし市街地の中を走っていく。浅川、国道16号を跨ぎ、国道20号をくぐると北八王子。それから、丘陵地を登り小宮、ここから多摩川を渡る。市街地をしばらく走り、青梅線跨ぎながら合流し、西武拝島線も近づいてくると拝島に着く。拝島から五日市線青梅線が進行(高麗川)方向左手に分岐していき、八高線は拝島の市街地を走っていく。東福生を出ると国道16号線が近づいてきて並走する。その先には米軍の横田基地が広がる。基地の夜景もなかなかよい。滑走路延長線にあるトンネルを潜ると横田基地を離れ、のんびりとした風景の中を進んでいく。圏央道を跨ぐと金子。ここから山を越えて、西武池袋線が線路の下を通過すると東飯能になる。また、雑木林の山を抜けると高麗川に着く。

 高麗川から北は非電化区間になるので、ここで乗り換えになる。高麗川を出発すると、川越線が東大宮方面に分岐していく。八王子からの列車の多くは、この川越線に乗り込んでいく。ここから、のんびりとした水田地帯が広がり、進行(寄居)方向左には秩父の山々が近づいてくる。時には狭山茶の茶畑を見ることができる。住宅街が増えてくると毛呂、そして東武越生線が近づいてくると越生になる。越生駅はJRと東武の共用で、券売機では両社の切符が購入できる。再び山の中を走っていくと明覚。ここの駅舎はログハウス風で八高線内で一番面白かった。両岸が森に覆われた都幾川を渡り、山を駆け登っていく。やがて東武東上線と交差しながら合流する小川町になる。小川町は、駅は東武鉄道が管理しているようで、JRが間借りしているような感じだ。小川町を出発すると、進行(寄居)方向左手に東武東上線が並走して走るようになり、1kmほど走ると東上線の線路は左にカーブしていき住宅街に消えていく、次に東上線の線路があらわれるのは、頭上を通過していく時で、東上線をくぐると竹沢になる。ここから、進行方向左手に秩父の山々を見ながら坂を登り折原。そして水田地帯を蛇行しながら、今度は坂を下っていく。そして、遠くに荒川が、ちらっと見える。水田地帯を下っていくと荒川を渡り、頭上に秩父鉄道の線路が通過していくと、寄居に到着する。東武東上線は寄居が終着駅。小川駅同様、東武鉄道が管理しているようで、ほとんど東武線の駅のようだ。

 寄居を出発すると、すぐに東武東上線が、そして約500m程並走して、国道254号線の高架の下を通ると、秩父鉄道が進行(倉賀野)方向右手に分岐していく。ここから、再びのんびりとした田園地帯を走るようになり、比較的大きな街に列車が進んで行くと児玉。ここには江戸時代の国学者塙保己一の生家がある。また、瓦の産地だということで、駅の鬼瓦に児玉駅の文字を見ることができる。児玉から丹荘を過ぎると、神流川を渡り、渡ると大きく右にカーブする。次第に建物が増えてくると群馬藤岡に着く。この駅にも古い歴史を感じさせられる跨線橋がある。再び、水田が広がりはじめ新幹線や上信越自動車道をくぐると北藤岡になるが、北藤岡は高崎線へ合流するまであと一歩というような場所にあるので、駅ホームから高崎線の列車を見ることができる。また北藤岡などの八高線の北部の無人駅には接近案内機があり、運転位置案内サービスを行っている。無人駅で遅延などが発生すると、列車がいつ来るか分からないので、これはありがたいサービスだ。こうして高崎線に合流し、高崎線の路線をディーゼル車は高速で走り抜ける。やがて鏑川を渡ると、終点倉賀野に到着する。全ての列車は、1つ先の高崎にむかう。
 車窓は、進行(倉賀野)方向左右差がない。ただ、折原-寄居間は荒川が見れるので、進行方向左側がよい。



● 乗りつぶし記録

  ・2005.04.17. 秩父攻略作戦寄居→倉賀野/倉賀野→高麗川→八王子間に乗車。完乗達成。
  ・2005.10.02. 彼岸花作戦高麗川→東飯能/東飯能→高麗川→拝島間に乗車。
  ・2006.01.22. 写真展に参加した後、拝島→八王子間に乗車。
  ・2006.01.29. 星見駅作戦で、拝島→八王子間に乗車。
  ・2006.02.18. 写真展打上げに参加する為八王子→拝島間に乗車。
  ・2008.09.06. 新潟・長野旅行で、倉賀野→八王子間に乗車。全駅下車達成。



● 駅舎写真

八王子駅(2006.02.) 北八王子駅(2008.05.) 小宮駅(2008.05.)
拝島駅(2005.10.) 東福生駅(2008.05.) 箱根ヶ崎駅(2008.05.)
金子駅(2008.05.) 東飯能駅(2005.10.) 高麗川駅(2005.10.)
毛呂駅(2008.09.) 越生駅(2008.09.) 明覚駅(2008.09.)
小川町駅(2008.09.) 竹沢駅(2008.09.) 折原駅(2008.09.)
寄居駅(2008.09.) 用土駅(2008.09.) 松久駅(2008.09.)
児玉駅(2008.09.) 丹荘駅(2008.09.) 群馬藤岡駅(2008.09.)
全駅掲載
北藤岡駅(2008.09.) 倉賀野駅(2005.12.)



● おすすめ撮影ポイント

 撮影ポイントは、JR線路線別撮影地八高線にて紹介している。(このページに戻る際は、ツールバーの"戻る"を使って下さい))。



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