出航

 という訳で名残惜しむ間もなく出航である。
 例によって多くの船に見送られての船出となった。なお前回来たときは1隻しか出てこなかったけどな(笑)
 さて、出航前に島寿司を買っておいたのだ。ちなみに小笠原の島寿司は八丈から伝わったらしい。
 いつの間にやら小笠原諸島の北端を過ぎようとしていた。 では夕食だ。まずは母島産のミニトマト、甘みが多いのが特徴。
 おが丸名物の島産の塩を使ったステーキ。…食べてばっかりのように見えるがそうではない。
 飲んでもいる(ヲイ)

朝食

 今回の宿では朝食だけ準備してもらっていた。で、食事の方は定番の品といったところであったが…
 ここでも来た、自家製コーヒーだ。
 言っておくが自家製焙煎とかではないぞ、自分で豆を栽培しているのだ(大事な事なので二度言いました)
 ただし貴重な物なので毎日出る訳ではなくどうやら我々はラッキーだったようだ。どういう味かと表現できるような語彙がないのでうまく紹介できないが他にない味であるのは確かだ。5月頃まではネット通販でも対応するそうなのでコーヒー好きは要チェックや。

昼間は働いている…ハズ

 本日は一日仕事である。昼食も弁当で済ました。
 食べたのは展望台だけどな。
 …で、後から調べたのだが、どうやら前回小笠原に来たときに登った展望台もここだったようだ。で、本人も忘れていたが二度も登ったようだ、自転車で。
 …我ながら呆れる行動力であった。
 ではちっとばかり観光知的なものを。
 宮之浜である。この風景、前回来た時も訪れた記憶が…。
 州崎の海岸である。見えているのは戦時中の飛行場跡だ。ちなみに先日、西ノ島へ観測用無人飛行機を飛ばしたのも確かここからだったはずだ。
 JAXAの電波天文台である。…が、ここで同行者が皆、何故宇宙を電波で観測するのか、何故小笠原に作る必要があるのか理解できなかったようだ。
 この件についてはこの後夕食の際にみっちり講義させてもらった(マテ)

小笠原出張二日目

 朝、起きたら朝食の時間であった。
 揺れも大分おさまり今朝は食堂へ。船は既にに小笠原諸島へと入っていた
 航海は順調だったようで、定刻に父島へ到着。
 周囲は宿の方の歓迎を受けているようだが、我々は仕事で来たのだ、早速支庁の方と合流し、まずは…
 昼食をかっこむのであった。
 本日はこのまま母島へ渡ることに。そしてははじま丸へと乗り込む。目指すは船底のカーペット席だ。
 …そうでないと酔うということだ。さすが外洋を中型船で行くのは多少の覚悟がいるな。
 2時間ほどで母島到着。そういや初上陸であった。
 ここからしばらくはお仕事。
 なんだけどその合間に御幸之浜へ。オット、鯨が潮を噴いているようだ。
 マァ後はまともに働いて日没までに仕事は終了。

民宿メグロ(外部リンク)

 さて、本日の宿だが、実は予約に非常に苦労した。
 一応今回の出張は夏のハイシーズンは外して企画したのだが…まさか3月が「ホエールウォッチング」のシーズンだとは思わなんかった。
 という訳でめぼしい宿は既に予約で一杯、ようやく取れたのはいいのだが、出発前に相当覚悟しておいた方がよいようなことを言われていたのだ。
 …だったのだが、確かにレジャーで来てこの部屋だったらどうかと思うが、仕事で泊まる分にはマァ問題ないんじゃないかと。最も、最初に脅されていたのでハードルが下がっていたともいえるが。

アウストロ(外部リンク)

 さぁ一日終わったから宴会だ。…といっても島内に飲食店は4軒しかなく、うち1店は夕方までだ。で、まず一軒目の大漁寿しに行ってみると…既に満席であった。どうも御上の人達が来ているようだ。
 で、二軒目のアウストロに無事入店。
 まずは島のラム酒のカクテルで乾杯。 島の鳥と言っていいメグロをモチーフにしたメグロの巣。いや本当に巣を食材にしている訳ではなくイメージですよ。

小笠原出張

 本日から出張である。で、行き先が小笠原というこれまたこの時期に自動的に1週間行きっぱなしになるというありがたい場所である。という訳で我が家の方はるぅ嬢一家に来てもらうことにした。
 朝、るぅ嬢がこれが今生の別れかという顔で見送っていたので非常に不安を抱えつつも、毎度お馴染みになりつつある竹芝桟橋へ。
 10年振りぐらいかでおがさわら丸に乗り込む。ちなみに前回の日記はこちらだ。なお7月には新造船と交代することになっているので現行船に乗るのはおそらく最後になるかと思われる。…どうせなら新しい船の方が良かったよな…。
 という訳でさらば東京、いや行く先も東京都ではあるが。
 そして本日の業務は船に乗り込むことで終了だ。では昼食としよう。
 ハンバーグ、普通にハンバーグであった。
 さて、この先25時間半の長い航海、どう過ごすか…
 結局読書と昼寝を本能のままに繰り返すのであった。
 夜になり夕食の時間、食堂まで行ったのだが…
 いつの間にやら船が相当揺れてきた。何やら胃腸の雰囲気が怪しくなってきたのでそのまま撤退。酔い止めの薬などを処方するのであった。